【死因は病気:口腔底がん】イノマー死去(オナマシ)現在までのブログと嫁は?


こんにちは。編集部の桜田です。

ロックバンド、オナニーマシーンのボーカルのイノマ―さんが死去しました。
享年、53歳でした。イノマ―さんは闘病生活を送っており、その様子がブログでも報告されていました。
イノマ―さんの死因やブログ、お嫁さんについてまとめます。


イノマ―さん死去、死因は?

かねてより口腔底がんで闘病中だった性春パンクバンド・オナニーマシーンのリーダーで元雑誌編集者のイノマーさんが19日午前2時50分、都内の病院で死去した。53歳だった。通夜・葬儀は近親者のみで行い、後日、お別れの会が営まれる。

報道されている通り、イノマ―さんの死因は口腔底がんです。19日都内の病院で死去しました。

53歳という若で、闘病されていたことは知られてましたが、ファンや音楽仲間の方たちからは悲しみの声が広がっています。

2018年7月に口腔底がん、余命3年と宣告されたことを公表し、その際手術前受ける前の担当医師からの説明では、舌の3分の2を切除すると言われていましたが手術後、目が覚めたら全部切除されていたことも報告されれいました。

イノマ―さんは手術後、発声や滑舌は失われてしまいましたが、再びステージでパフォーマンスできるまでに回復していました。

しかしその後、2019年7月に口腔底がんが転移してしまい、再発したことが告げられていました。

自身のブログで闘病中のことも綴られています。

<プロフィール>名前:イノマー
本名:猪股昌也(いのまたまさや)
生年月日:1966年11月27日(年齢:53歳)
出身:東京都北区
出身大学:駒沢大学
バンド名:オナニーマシーン

(1999年の12月24日クリスマスイヴに結成/1stアルバム『恋のABC』)
オリコンニュースでは次の通りに報じています。

イノマーさんはオリコンが発行していた週刊誌『オリコンウィークリー』の編集長に同社当時最年少の29歳で就任。ガガガSP、氣志團、サンボマスター、峯田和伸(銀杏BOYZ/当時GOING STEADY)といった人気バンドマンらを数多く紹介し、亡くなる直前まで親交が続いた。

バンド愛にあふれ、特に1980年代のバンドシーン、インディーズシーンへの造詣が深かった。ザ・ブルーハーツのベスト盤『EAST WEST SIDE STORY』やGOING STEADYのシングル「童貞ソー・ヤング」のライナーノーツなども担当するなど、音楽業界の名物編集長の一人として知られた。

オリコン在籍中の1999年12月24日、ギターのオノチン(JET BOYS)、ドラムのガンガンと共に自身がボーカル&ベースとして3人組ロックバンド、通称オナマシを結成。退社後の2003年7月、サンボマスターとのスプリットアルバム『放課後の性春』でメジャーデビューを飾ると、シーモネーター(現SEAMO)とのコラボレーションシングル「家出/恋のABC」なども発表し“童貞のカリスマ”の異名もとった。

バンドマンとしてはシングル2枚、アルバム11枚、DVD2枚を発表。オナマシとしてブルーハーツやJUN SKY WALKER(S)のトリビュート盤にも参加。主催イベント『ティッシュタイム』を定期的に開催して数多くのバンドマンと共演。新人バンドマンを発掘する『イノマー万博』なども定期開催するなど新たな音楽との出会いをライフワークとしていた。

オナマシ結成20周年企画を温めていた矢先の昨年7月21日、口腔底がんステージ4で余命3年と公表。舌の全摘手術が無事成功し、まともな発声・滑舌は失われるも再びステージでパフォーマンスできるまでに回復した。

これから新たな人生を夢見ていた1年後の今年7月、がんが再発。治療の手段はなく「完治を目指すのではなく延命」と医師から宣告された。その後は抗がん剤治療など懸命な闘病生活を続け、満身創痍の状態で10月22日、東京・豊洲PITで『=オナマシ20周年記念特別企画=ティッシュタイム・フェスティバル~大感謝祭~』を敢行した。

バンド仲間となっていた銀杏BOYZ、ガガガSP、サンボマスター、氣志團(出演順)の4組と共演を果たし、峯田和伸が、コザック前田が、山口隆が、綾小路翔ら皆“売れる前からの恩人”としてイノマーさんへの感謝をMCで語りかけた。

一大企画を終えたあとは再び入退院を繰り返した。11月22日深夜に危篤状態となり意識が戻らないと診断されていたが、翌日に奇跡の復活を遂げ意識も戻るなど関係者を驚かせた。そこから約1ヶ月、最後まで諦めず闘病生活を続けたが19日未明、帰らぬ人となった。

目立ちたがり屋なのに照れ屋でシャイな人だった。バンドマンを愛する一方でビートたけしを敬愛。一人称はオイラだった。芸人では江頭2:50をこよなく愛し、舌を切除したあとはソフト・オン・デマンドの雑誌で江頭との対談も実現。対談企画は全部断っているという江頭が近年、唯一OKを出した対談がイノマーさん。イノマーさんが息を引き取ったのは12月19日深夜“2時50分”だった。

イノマ―のブログ

http://blog.livedoor.jp/office_inomar/

2019年9月27日までイノマ―さんのブログは更新されており、お決まりの破廉恥な言葉で、自身の病状の報告をされていました。

この時点で、明るくブログを綴っていましたが、痛みがあったり声が出なくなったりと癌の症状がとても進行していたことがブログからわかりました。
▼ブログより抜粋

オイラは右目が見えなくなり、そして魔の手は左目にも……こりゃ安静にしていないと令和の乱が・・・・

しかし、鏡の中には「誰だよ、オマエは!?(笑)」という奴が毎日、違う顔でそこにのうのうと居たりするからたまたもんじゃない。

2ヵ月以上ぶりのリハーサル。ひっどいことはやる前からわかっていたけれど、ここまで酷いとは、出来ないとは思ってもみなかった。

とにかく、まー、声が出ない。歌はいりの曲などじぇんじぇん、そのがなり(歌詞)に込めた思いが伝わらない。届かない。マイクの前、目の前でポロリと落ちてしまう。

思いっ切り遠くに投げているつもりなのだけれど目の前で落ちるというのは致命的だ。声が鳴るべきところで鳴っていないということになる。ギター、ベース、ドラムとは違うところで響いていた音が同じ位置にいるため、かき消されてしまう。歌が弱過ぎる。

明日、見せてあげるね。今日も癌は赤ちゃんを産んだよ(笑)。元気だから痛くてしょうがない。

ビエーーーーーーーーーン。もうダメだ。

ブログでイノマ―さんのお辛い癌の病状が伝えられています。

目が見えなくなったりもしていたようです。

自分自身でも(癌の症状が)ここまでひどいとは思っていなかった、、とも綴っています。

それでもファンや音楽仲間の方たちと繋がれる場のブログを大切にされていたのかもしれません。

→イノマ―のブログ

イノマ―さんの結婚した嫁は?

イノマ―さんは結婚歴が2度あり、お相手の方は一般人だったためお顔や、職業など一切公開がされていません。

2度の時の奥さんでしょうか?離婚の理由ですが

お嫁さんの方からに浮気をされ離婚されてしまったようです。(wikipediaより)

世間の反応

オリコンの副編集者まで昇格したのに退職して
くだらないけど熱いバンド組んで亡くなる2ヶ月前にボロボロの身体でたくさんの仲間とライブやって

人生を楽しむってこういう事なんだなって体現している人でした

僕、今でもダメ人間ですが、若い時もっとダメ人間だった時にオナマシよく聞いてました。
オナマシの曲を聴いて「こんな俺でも生きてていいのかも」と励まされて、なんとか今まで生きてこれました。
オナマシには本当に心を救われたと思って感謝してます。
イノマー、いろいろ辛いことがあった人生だったと思いますが、
最期の時に少しでも楽しく幸せな思い出がイノマーの心にあったのであれば、せめてもの救いです。
イノマー、僕はいまだにコンビニ弁当食って、今日と明日をダメにしてます。
でも、ダメな明日でも、僕に明日があるのなら、貴方の分までダメなりに生きていきたいと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

本当にありがとうこざいました。
ご冥福をお祈りします
最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。

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