【死因は心臓病?(持病)】マリスヤンソンス死去(指揮者)生い立ち


こんにちは。編集部の桜田です。

旧ソ連ラトビア出身の世界的指揮者、マリスヤンソンスさんが11月30日、サンクトペテルブルクの自宅で死去したことが報じられました。76歳でした。首席指揮者を務める独バイエルン放送交響楽団が12月1日に発表しています。

マリスヤンソンスさんの死因と生い立ちについてまとめます。


世界的指揮者のマリスヤンソンスさん死去、死因や持病は?

世界的有名な指揮者マリスヤンソンスさんが死去しました。

享年76歳でした。

独バイエルン放送交響楽団が発表しましたが、死因についての詳細は現時点で入ってきておりません。

マリスヤンソンスさんは心臓病の持病があり、活動を制限しており、今年の10月にバイエルン放響で一時復帰していましたが、その後降板が相次いでいたとのことです。

なくなったのは病院ではなく、ロシア北西部サンクトペテルブルクの自宅でのことです。

マリスヤンソンスさんは度々来日していましたが、昨年の11月のドイツのバイエルン放送交響楽団の来日公演は、体調不良のため降板していました。

朝日新聞では次の通りに報じています。


1943年生まれで、父は大指揮者のアルビド・ヤンソンス。レニングラード音楽院に学び、カラヤンに師事。70年代にレニングラード・フィルの副指揮者となり、巨匠ムラビンスキーの助手を務めた。ショスタコービチの交響曲演奏でとりわけ高い評価を得た。

 オスロ・フィルを経て2003年にバイエルン放響、04年にロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(RCO)の首席指揮者に就任。二つの名門を率いつつ各国で客演し、楽員との「信頼」を重視して個性を引き出す姿勢を貫いた。

 ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートの指揮を3回務め、日本もたびたび訪れた。心臓の病気で活動を制限し、今年10月にバイエルン放響で復帰したが降板が相次いでいた。

マリスヤンソンスの生い立ち

マリスヤンソンスさんは、後にエフゲニームラヴィンスキーと共にレニングラードフィルハーモニー交響楽団の指揮者を務めたアルヴィドヤンソンスを父としてリガで生まれました。

母のイライダヤンソンスはユダヤ系の歌手で、マリスさんを産んだ当時は父親と兄弟をリガゲットーで〇害され、リガに潜伏中でした。

レニングラード音楽院でピアノやヴァイオリン、指揮を学んだ後ウィーン国立音楽アカデミーに留学。

留学先ではスワロフスキーやエスターライヒャー、そしてザルツブルクでカラヤンの薫陶を受けました。

世間の反応

最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。

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