【死因は病気?】中曽根康弘元首相死去 100歳の動画と若い頃と現在は?


こんにちは。編集部の桜田です。

中曽根康弘元首相が死去しました。享年101歳でした。
中曽根元総理大臣は「戦後政治の総決算」を掲げ、国鉄の民営化や日米安全保障体制の強化などに取り組んだ人物です。衆議院議員連続20回当選、科学技術庁長官、運輸大臣、防衛庁長官、通商産業大臣、行政管理庁長官、内閣総理大臣などの経歴をお持ちでした。


1年前の100歳の時の動画。
メディアにも登場されお元気な姿でした。


中曽根康弘元首相死去、死因は?

中曽根康弘元総理大臣が死去しました。

享年101歳でした。

死因は現時点ではどちらのメディアでも報じられていません。

入院されていたのか持病があったかなどの情報も現時点ではわかりません。

101歳の高齢とのことで昨年100歳の時にメディアの前に姿を見せた際はお元気そうでしたが、杖をついた姿で登場されていました。

わかり次第、こちらに追記していきたいと思います。

NHKでは次の通りに報じています。

「戦後政治の総決算」を掲げ、国鉄の民営化や日米安全保障体制の強化などに取り組んだ、中曽根康弘 元総理大臣が、亡くなりました。101歳でした。

中曽根康弘元首相の若い頃と現在

▲写真は中曽根元首相が初当選後のものです。

中曽根元総理大臣の若い頃の画像と共に振り返りたいと思います。

中曽根康弘元首相は「私の心の中には国家がある」や「政治家は歴史法廷に立つ被告である」「理想や目標を持たない民族は滅びる」といった政治家に警鐘を鳴らす発言のほか、流行語になる名言を多く残した。(今堀守通)

憲法改正をライフワークとしてきた中曽根氏は「国民は国の前途を憂いつつマック憲法迎えたり。我(わ)が憲法打ち立てて国の礎築くべき」などと現行憲法を批判する「憲法改正の歌」を自ら作詞し昭和31年に発表、36年からは「首相と恋人は私が選ぶ」をキャッチフレーズに首相公選導入の改憲を訴えた。


▲内閣官房内閣広報室より公表された肖像写真(1980年代撮影)

現在中曽根元首相のお亡くなりになる前は、2019年5月27日の誕生日に101歳を迎えていました。この頃健康状態はとても良好で自宅で政治や歴史に関する本を読んだり新聞を読んで過ごされていたそうです。

この101歳の誕生日から半年後死去されました。

NHKニュースWEBで中曽根首相の過去の詳しい経歴をまとめた対談ページを見ることができます。

→WEB特集中曽根康弘

世間の反応

最後までお読みくださり、どうもありがとうございました。

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