【死因は老衰】西岡善信死去アカデミー賞受賞作品を振り返る


こんにちは。編集部の桜田です。

1950年代の「地獄門」や「炎上」、平成では「利休」「たそがれ清兵衛」など、京都の時代劇や映像文化を70年もの間携わり、映画美術を支え続けた西岡善信(にしおかよしのぶ)氏が11日午後7時22分死去しました。

享年97歳でした。


【死因は老衰】西岡善死去、死因は?

京都新聞では次の通りに報じています。

京都・太秦を拠点に160本あまりの映画美術を手掛けた。大映京都で撮られたカンヌ国際映画祭グランプリ作「地獄門」(1953年公開)で美術を中心となって担うなど30代から頭角を現す。

78年に始まった日本アカデミー賞では「鬼龍院花子の生涯」「陽暉楼[ようきろう]」「瀬戸内少年野球団」「利休」「豪姫」「女殺油地獄」「梟[ふくろう]の城」、2000年代に入っても「千年の恋 ひかる源氏物語」「たそがれ清兵衛」「隠し剣 鬼の爪」「最後の忠臣蔵」で最優秀美術賞を受けた。

プロデューサーとしても京都に多くの時代劇撮影を呼び込み、太秦の映画の灯を守った。若手映画人を育てる「KYOTO映画塾」塾長なども務めた。牧野省三賞。紫綬褒章、京都府文化賞、京都市文化功労者。京都新聞では2002年から「銀幕の画帖 西岡善信の描く京」を連載した。

報道によりますと西岡善信さんの死因は老衰です。

97歳で、京都市内の病院でなくなりました。

西岡善信さんは奈良県出身の方です。

若い頃、法政大学文学部在学中に徴兵され、朝鮮半島に行ったまま終戦を迎えました。

1947年までソ連に抑留され、帰国後の1948年に大映京都撮影所に入社し、美術部に配属されたことから映画美術関係の頭角を現していきました。

西岡善信のアカデミー賞受賞作品

訃報も各社、報道が伝えている通り西岡善信さんの生前の映画美術作品はたくさん存在することがわかります。

その中でもアカデミー賞を受賞し話題となった作品を振り返ってみたいと思います。

●鬼龍院花子の生涯

 

別冊文藝春秋の145号から149号に連載された、宮尾登美子の著した長編小説を映像化した作品。

夏目雅子さんの名ゼリフ「なめたらいかんぜよ」は流行語となった他、有名女優の夏木マリさんや岩下志摩さんも出演している映画で、1981年に日本アカデミー賞最優秀美術賞受賞しています。

●陽暉楼

ヒット作「鬼龍院花子の生涯」の後に美術映像を担当した作品。

宮尾登美子の原作を五社英雄監督が映画化した作品で、1983年に日本アカデミー賞最優秀美術賞受賞しています。

大正から昭和にかけて西日本一栄えた土佐・高知の妓楼「陽暉楼」を舞台に、魚屋の両親のもとに生まれた娘が、12歳で芸妓の世界に入りその父、勝造との赤裸々な人生が描かれたストーリーです。

浅野温子さんも出演しており、若い頃の貴重な映像です。

海外でも公開されており、タイトルは”The Geisya”でした。

●瀬戸内少年野球団

https://www.youtube.com/watch?v=ON1Ku5GysLY&t=2757s

この作品は淡路島出身である阿久悠の自伝的長編小説です。

終戦後の淡路島を舞台に、野球を通じた女教師と子供たちとのふれあいと絆を描く。

夏目雅子さんがこの作品にも出演しています。

1984年に日本アカデミー賞最優秀美術賞受賞しています。(wikipedaより)

世間の反応

日本映画ファンにとってはすごい人です。数えきれないくらいの名作をてがけ、京都を中心にまさに日本映画の伝統を守った最後の映画人、生き証人でした。老若男女問わず西岡さんが手がけた映画・ドラマはこれからもどこかで見られるでしょう。ご冥福をお祈りいたします。

97歳か大往生かと。映像京都も何年か前に解散という記事を目にした記憶もありますが。
時代劇自体が減少した今西岡氏の仕事を次代の方々に継承することは重要なことかと。DVDブルーレイで仕事の成果は見ることはできますが作りては今どのくらいいるのでしょう。テレビ局も50年100年先の人々のため西岡氏や他にもいるスタッフの後釜の育成を図っていただきたいと。

名作をありがとうございました。
ゆっくり休んで下さい。
お疲れ様でした。

最後までお読みくださり、どうもありがとうございました!

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