【死因は病気:すい臓癌】狂言師五世の茂山千作死去 狂言と歌舞伎では客層が違う


こんにちは!編集部のさくらです!

21日、狂言師5世の茂山千作さんが死去しました。74歳でした。

狂言ブームを巻き起こし、故四世千作さんの長男として生まれました。

5世の千作さんは4歳の時に「以呂波」のシテで初舞台をこなしています。


狂言師五世の茂山千作死去、死因は?

京都新聞では次の通りに報じています。

京都に根付く茂山家の狂言を、おおらかな芸でけん引してきた大蔵流狂言師、

 

五世茂山千作(しげやま・せんさく、本名正義=まさよし)さんが21日午前6時30分、

 

すい臓がんのため京都市上京区の病院で死去した。

 

74歳。京都市出身。葬儀・告別式は24日午後1時から京都市左京区二条通東大路西入ル一筋目下ルの大蓮寺で。

 

喪主は長男十四世茂山千五郎さん。

 

1945年、故四世千作さんの長男として生まれた。

 

4歳の時「以呂波」のシテで初舞台。76年、弟の七五三[しめ](真吾)さんらと若い世代の観客の開拓を狙った

 

「花形狂言会」を結成し、古典はもちろん、故小松左京さん作「狐と宇宙人」など数々の新作狂言に挑み、狂言ブームの礎を築いた。

 

京都新聞の報道にもある通り、狂言師五世の茂山千作さんの死因はすい臓がんです。

21日午前6時30分の事です。享年74歳でした。

2019年8月半ばに体調を崩して入院した時に、病気が判明したばかりのことでした。

あまりの唐突な出来事に、23日に京都で予定されている父・四世千作さんの生誕100年をお祝いし記念するための「茂山狂言会で」は千五郎さんが代役を務めることとなりました。

狂言と歌舞伎では客層が違う

狂言の客層はおもに武家社会の庇護を受けて発展した芸能のため、有名な織田信長、豊臣秀吉や徳川家康までも嗜んだことがわかる文献が残っています。

 

狂言は典礼用の正式な音楽「式楽」として、きわめて格式高いものだったので、江戸時代には庶民が狂言を見物する機会は少なくなりました。

 

能の謡うたいだけは町人の間に習い事として流行したので、多くの本が出版されています。

 

一方歌舞伎の客層は、江戸時代では歌舞伎は大衆向けの芸能だったため、「かぶき踊り」が流行した頃は、遊女屋でも舞われたり、女性や少年の芸能集団も演じていったことで、江戸、大阪、京都といった当時の主要都市部を中心に発展していきました。

 

野外で行われていた歌舞伎は享保の頃から、芝居小屋で上演することに変わり、「せり上げ」や「廻し舞台」のような舞台演出もこの頃に開発されてゆき、現在の歌舞伎が作られていきました。

世間の反応

5月の「素袍落」を観に行けて良かった。
ご冥福をお祈りいたします。


心よりご冥福をお祈りいたします。夏に京都観世会館で観た市民狂言会が最後になってしましました。あさって23日の金剛能楽堂 茂山狂言会 四世生誕百年祭を楽しみにしていたのですが残念です。

関西だと学校の芸術鑑賞会とかでご覧になった方も多いのでは…
ご冥福をお祈りいたします。

お豆腐狂言、大好きでした。お世話になりました。茂山家もだんだん代替わりだね。

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