【死因は病気?】天野之弥死去核の番人でIAEA国際原子力機関トップ(日本人)大学や経歴やブログは?


こんにちは!編集部の桜田です!

2009年に「核の番人」である国際原子力機関のトップに日本人として初めて就任した実績のある天野之弥が72歳で死去しました。

3期目の任期を21年まで残ってる途中の訃報です。

時事通信では次の通りに報じています。

天野氏は昨年秋に手術を受けて一時職務を離れた後、6月の理事会に出席し、記者会見も行っていた。しかし先週、健康上の理由で来年3月までに辞任することを検討していると伝えられ、健康不安が指摘されていた。
IAEAによると、天野氏は理事会に辞意を伝えるため準備していた書簡に「過去10年、IAEAは加盟国と職員の支持のおかげで、核の平和利用に向け具体的成果を残すことができた」と謝意を表す言葉を盛り込む意向だったという。 

ボルトン大統領補佐官
来日していたアメリカのボルトン大統領補佐官は、声明を発表し「彼の核不拡散への真摯(しんし)な取り組みと原子力の平和利用を訴える姿勢は、10年近くにわたるIAEAトップとして比類なきものだった」と功績をたたえました。
アグラチ外務次官
アメリカと対立するイランのアラグチ外務次官も「私たちは緊密に連携して取り組んできた。IAEA事務局長としての彼の経験豊富で専門的な手腕をたたえたい」と述べました。

アメリカとイランの間に入り10年近くも務められた天野之弥氏の功績は非常に大きかったことがわかります。

今後、天野氏の後に引き継がれる方にも同じような業績を残して欲しいですね。


核の番人IAEAのトップ天野之弥の死因は病気?

天野之弥氏の死因は病気だという事は報道されているのですが、病名については公表されていないようです。

昨年秋に手術を受けているようでしたので、大病だったことは間違いないようです。

ツイッターの情報で関係者によると癌という噂もありますが、こちらもどの部分の癌だったのかの詳細はみつかりませんでした。

天野之弥のIAEAでの経歴は?

2008年9月26日、日本政府から国際原子力機関 (IAEA) の次期事務局長選挙に擁立される。
この選挙は2009年11月末に退任したエルバラダイ事務局長の後任を選ぶ選挙で、最終的に日本の天野と南アフリカのアブドゥル・ミンティIAEA担当大使が立候補した。

天野は「日本が唯一の被爆国であり、原子力を平和利用してきたこと」や「核兵器不拡散への決意」などを訴え欧米主要国の支持を得ているに対し、ミンティは「南アフリカが核兵器を所有後放棄した唯一の国であること」や「発展途上国への原子力の必要性」を訴えることで発展途上国を中心に支持を得ていた。

2009年7月2日アブドゥル・ミンティ、経済協力開発機構 (OECD) 原子力機関のエチャバリ事務局長が立候補した際、最終的に天野とミンティが残り、天野は23票、ミンティは12票を獲得。続く信任投票でも必要な3分の2以上の23票を獲得し、当選が決まった。その後、9月の年次総会で正式承認され、12月に就任した。任期は4年。

2013年3月6日、国際原子力機関理事会で再任が決定する。その後、9月の年次総会で正式承認され、12月より2期目の任期が始まる。任期は4年。

2017年3月8日、IAEA理事会で再任が決定する。その後、9月の年次総会で正式承認され、12月より3期目の任期が始まる。任期は4年。

2019年7月17日、健康問題により3月までに辞職する意向が報道されたが、7月22日、死去。72歳没

天野之弥の生い立ちから経歴は?

神奈川県湯河原町出身。私立栄光学園高等学校卒業。東京大学法学部卒業。
2010年3月25日、アルゼンチン大統領クリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネルと
1972年3月 – 東京大学法学部卒業
1972年4月 – 外務省入省
1993年2月 – 外務省国際連合局科学課長
1993年8月 – 外務省総合外交政策局科学原子力課長
1994年7月 – 軍縮会議日本政府代表部参事官
1997年6月 – マルセイユ総領事
1999年8月 – 外務省官房審議官(軍備管理・科学担当)
2001年2月 – ハーバード大学ウェザーヘッドセンター客員研究員
2002年8月 – 外務省総合外交政策局軍備管理・科学審議官(大使)
2004年8月 – 外務省総合外交政策局軍縮不拡散・科学部長(大使)
2005年8月 – 在ウィーン国際機関日本政府代表部大使
2005年10月 – 国際原子力機関 (IAEA) 理事会議長選出
議長在任中にIAEAがノーベル平和賞を受賞
2008年9月 – 日本政府により、次期IAEA事務局長候補に擁立される
2009年7月 – IAEA事務局長選出(12月就任)
2019年7月 – 死去

天野之弥のブログは?


外国語のサイトですが、公式サイトが存在しています。
https://www.iaea.org/About/dg

ネットの反応

この報道を受けてSNSサイトではどのような反応が起こっているのでしょうか?

体調を崩されて辞任なさったのにも驚きましたが
そこまで体調を崩されていたとは本当に驚きです。
今や瓦解しているイランの核合意を成功なさった時は
流石だと思いましたが、今このような事態に陥って
さぞかし心労が絶えなかったと思います。
もはや情勢を覆すような段階ではなくなりましたが
どうかイランと米国が天野氏の意志を組んで頂きたいものです。

ニュースでは体調不良で事務局長を交代するとの情報が流れてましたが、これほどにも早く急逝するとは思っていませんでした。
中心よりお悔やみ申し上げます。
後任も核の番人として、尽力してくれる人材を望みます。

そこまで仕事に人生を捧げられていたとは……
素晴らしい仕事の成果の数々でした。
イランは……ご心労されたことでしょう。
無念だったかもしれませんが、一度とはいえ、あなたがやり遂げた合意は、歴史からなくなりはしませんから。
ご冥福をお祈りいたします。

つい先日健康不安のニュースを聞いたばかりで心配していましたが、こんなに早くお別れが来るとは・・・
核問題に揺れ動く世界情勢の中で、最後まで渾身の力で職務に取り組んだ姿は、人間の鏡です。
ゆっくり過ごす時間がおそらくはなかったであろうご家族のご心痛は如何ばかりかと思いますが、まずは安らかに。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です